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東京高等裁判所 昭和50年(う)1791号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用はこれを六分し、その一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人山本重二、同岩崎重雄、同渡邊正蔵及び同鈴木惣市の弁護人永塚昇が提出した控訴趣意書、被告人森谷義久、同關功の弁護人小林蝶一、同川尻治雄が連名で提出した控訴趣意書(主任弁護人小林蝶一は、当公判廷において、控訴趣意第一点一、二は法令の解釈適用の誤りの主張、同三、四は法令の解釈適用を誤つて事実を誤認した旨の主張であると釈明した。)に記載されたとおりであり、これらに対する各答弁は、検察官伊藤幸吉が提出した各答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。

一弁護人永塚昇の控訴趣意二(原判示第一ないし第三の事実のうち、職業安定法違反の点に関する主張)について。

所論(一)は、要するに、原判決は、判示第一ないし第三において、被告人山本は有限会社山五工業(以下これを山五工業という。)の業務に関し、被告人岩崎は大岩工業株式会社(以下これを大岩工業という。)の業務に関し、被告人渡邊、同鈴木は産機工業株式会社(以下これを産機工業という。)の業務に関し、いずれもプレス工業株式会社(以下これをプレス工業という。)に対し、労働者を継続して供給して右労働者を使用させ、労働者供給事業を行つたものであると認定し、これに職業安定法四四条を適用したが、右の山五工業、大岩工業及び産機工業(以下これらを本件各関係会社ともいう。)とプレス工業との関係はいずれも請負契約ないしそれに準ずるもので、職業安定法施行規則四条一項の各要件をもみたしているのであるから、労働者の供給に当らないので、原判決にはこの点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがある、というのであり、所論(二)は、要するに、原判示第一ないし第三の各事実が労働者の供給に当るとしても、右の労働者の供給契約は本件各関係会社とプレス工業との間で締結され、右各関係会社の事業として労働者の供給行為が行われたもので、事業の主体は右各関係会社であつて、被告人山本、同岩崎、同渡邊及び同鈴木はこれに関与したにすぎず、労働者供給事業を行つた者ということはできないので、原判決にはこの点で判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

そこで、まず、所論(一)の点について検討する。原判決が掲げる関係諸証拠によると、被告人山本は、自動車車体加工及び輸送用機械器具製造請負業を主たる営業目的とする山五工業の代表取締役として、被告人岩崎は、各種機械器具及び装置の製造修理、船舶造修並びに自動車修理解体業を主たる営業目的とする大岩工業の代表取締役として、被告人渡邊は、自動車その他輸送機器用部品、産業機械の製造、販売を主たる営業目的とする産機工業の代表取締役として、プレス工業の川崎工場における加工外注に関し、発注先の選定及び決定、購買契約の締結等の業務を統括し、併せて右の加工外注によつて賄えない社内作業の労働力の受入の業務を担当していた同会社購買部長(一時外注部長を兼任)森谷義久らの要請に応じ、各関係会社がそれぞれ雇用する労働者について、一般工又は技能工の種別の下に一時間当りの賃金を取り決めたうえ、原判決末尾添付の別紙計算書一の(一)(ただし昭和四五年一一月の欄に一六とあるのは一五の誤記と認める。)、同二の(一)、同三の(一)の各当該労働者をプレス工業川崎工場に派遣したこと、右各労働者は同工場において、同会社の従業員である班長のもとで、同会社の従業員に混り、或いは右の各関係会社から派遣された労働者だけで数名ないし一〇名位の班を構成し、右班長らの指揮監督のもとに同工場の機械、設備、器材、資材を使用し、フレームの穴あけ、組立、熔接或いは雑役等の作業に従事したこと、プレス工業は、毎月末日締切で本件各関係会社に川崎工場に派遣した労働者の勤務台帳を提出させ、一般工、技能工の種別による労働者の数、勤務時間をもとに取り決めた時間給の基準に従い各関係会社毎の賃金総額を算出し、これを翌月末日各関係会社宛に銀行振込等の方法で支払つていたこと、その際、プレス工業では右の賃金総額と各関係会社の労働者が従事した作業内容を参考にして註文書及び註文請書を作成し、これを右各関係会社に送付し、右各関係会社は註文書に従い見積書及び納品代請求書を作成して註文請書とともにこれらをプレス工業に送付していたこと、本件各関係会社は、それぞれの賃金基準に従い前記のプレス工業から支払を受けた賃金総額から各労働者に賃金を支払つていたことがそれぞれ認められ、右事実によると、プレス工業と本件各関係会社との間には右各関係会社が仕事(製品)を完成することを約束する内容の契約もその実態もなく、前記の註文書及び註文請書等の授受は単に請負契約を仮装するためのものであり、本件各関係会社は労働者の労働力を提供することを内容とする黙示の供給契約に基きそれぞれ雇用する労働者をプレス工業の作業に従事させてこれを使用させたものであることが認められ、もとより職業安定法施行規則四条一項の一、二及び四号の要件に欠けることも明らかであり、これが請負に至る準備行為であるともいえない。したがつて、原判示第一ないし第三の各事実が労働者供給事業に当ることも明らかで、当審における事実取調の結果を検討しても、原判決にはこの点で所論のような事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがあるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。

次に、所論(二)の点についで検討する。職業安定法四四条は「何人も」、第四五条に規定する場合を除く外、労働者供給事業を行つてはならないと規定しており、これによれば自然人ばかりでなく、法人も労働者供給事業禁止の規制対象に含まれるものと解されるところ、本件においては、前記認定の事実より明らかなように、山五工業、大岩工業及び産機工業はいずれも労働者供給事業を目的とする会社ではないが、原判示第一ないし第三の各労働者の供給は右各関係会社とプレス工業との間にそれぞれ成立した労働者供給契約に基いて事業として行われたものであるから、右各労働者供給事業の主体は、山五工業、大岩工業、産機工業であるといわなければならない。しかし、右の各労働者の供給契約の締結及び右各労働者をプレス工業に派遣し、同会社の担当者を介して同会社に使用させた行為は被告人山本、同岩崎、同渡邊(被告人鈴木については後記四において判断する。)が行つたもので、右の各行為は各会社の代表者としての行為であるが、これが会社の機関の行為としてすべて会社自体の行為に転化するものではなく、なお会社代表者個人の行為としても存在するものというべきであるから、被告人山本、同岩崎、同渡邊は労働者供給事業の禁止規定に違反する行為をした直接の行為者であるといわなければならない。そして、同法六四条四号は「第四四条の規定に違反した者」を処罰する旨規定しており、右は自然人である直接の違反行為者を処罰するという趣旨であると解され、被告人山本、同岩崎及び同渡邊がいずれもこれに当ることは明らかである。なお、同法六七条一項は、法人に関してだけいえば、法人の代理人又は被用者が法人の事業又は業務について法人のために違反行為をした場合には法人の代表者をも処罰する旨の両罰規定であつて、法人の代表者が違反行為者である場合は含まれないし、法人そのものを処罰する規定でもなく、同法上法人が労働者供給事業を行つた場合法人を処罰する規定はないのである。したがつて、所論のように、法人の代表者が法人のために違反行為をして法人が労働者供給事業を行つたことになる場合に、法人の代表者を同法六四条四号によつて処罰することができないものとすれば、この場合全く処罰を免れることになり、法の趣旨を全うすることはできないことになるので、所論を採用することは到底できない。原判決が(弁護人の主張に対する判断)第一の三に説示したところも結局右と同一の趣旨であると解される。したがつて、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りがあるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。

二同控訴趣意一(原判示第一ないし第三の各事実のうち、労働基準法違反の点に関する主張)の(一)、(二)、(三)について。

所論(一)、(二)は、要するに、原判決は、判示第一ないし第三において、被告人山本、同岩崎、同渡邊及び同鈴木が他人の就業に介入したものであると認定判示しているが、被告人山本、同岩崎及び同渡邊は、それぞれ本件各関係会社の代表取締役、被告人鈴木は取締役であつて、右各被告人は、自己の会社の従業員が会社の業務に就くについて、各関係会社の機関として、各会社の事業遂行のための内部的指揮命令、或いは監督を行つたものであり、右の就業が「他人の就業」に当らない点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令の解釈適用の誤りがあり、また、仮に、原判示第一ないし第三の各労働者とプレス工業との関係が他人の就業にあたるとしても、会社の代表者である被告人らの行為は会社の行為であり、代表者である被告人ら個人が他人の就業に「介入」したとして、会社とは別に処罰されることはないのであつて、この点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのであり、所論(三)は、要するに、被告人山本、同岩崎、同渡邊及び同鈴木は、個人として何ら利益を得ていないのであつて、原判決は、(弁護人の主張に対する判断)第一の一においてはこの事実を認めながら、原判示第一ないし第三において、右各被告人が他人の就業に介入して利益を得たものであると判示したのは法令の解釈適用を誤つたもので、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、まず、所論(一)、(二)の点について検討する。労働基準法六条に「他人の就業に介入し」とは、同法八条の労働関係の当事者間に第三者が介在して、その労働関係の開始、存続等について媒介又は周旋をするなどその労働関係について何らかの因果関係を有する関与をなす場合をいうものである(最高裁判所昭和三一年三月二九日第一小法廷決定・刑集一〇巻三号四一五頁)が、右の労働関係は当事者間に労働契約が成立した場合に限らず、その労働について事実上の使用従属関係が生じた場合をも含むものと解すべきである。これを本件についてみるに、原判決が掲げる関係諸証拠によると、原判示第一ないし第三の各労働者(この労働者の中にはその就業に介入することにより利益を得たものといえない労働者が含まれていることは後記三のとおりである。)は、それぞれ山五工業、大岩工業、産機工業に雇用されているものであるが、その労働者であるという身分のまま、プレス工業に派遣され、同会社の従業員の指揮監督のもとに同会社の作業に従事したものであつて、同会社と各労働者との間に、労働契約は成立していないが、右労働について事実上の使用従属関係が生じたものということができ、また、被告人山本、同岩崎及び同渡邊(被告人鈴木については後記四において判断する。)はそれぞれ前記各関係会社の代表取締役として、右各労働者をプレス工業に派遣したものであるから、右のプレス工業と各労働者との間の事実上の使用従属関係の開始に関与したものということができる。すなわち、原判示第一ないし第三は、所論のように、各労働者が本来の使用者である本件各関係会社の業務に就くことに対する関与の有無を問題にしているのではないのである。そして、労働基準法六条は、「何人も」、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならないと規定しており、これによれば自然人ばかりでなく法人も右の禁止の規制対象に含まれるものと解されるところ、前記認定の事実より明らかなように、被告人山本、同岩崎及び同渡邊が前記のプレス工業と各労働者との間の労働関係に関与した行為は本件各関係会社の機関として、同会社のためその名において行つたもので、この点では本件各関係会社自体がそれぞれ他人の就業に介入したものといわなければならないが、右の会社の機関の行為であるからといつて、すべて会社自体の行為に転化するものではなく、なお会社代表者個人の行為としても存在するものというべきであるから、被告人山本、同岩崎及び同渡邊は前記の禁止規定に違反する行為として他人の就業に介入する行為をした直接の行為者であるといわなければならない。そして、同法一一八条一項は、「第六条の規定に違反した者」を処罰する旨規定しており、右は自然人である直接の違反行為者を処罰するという趣旨であると解され、業として利益を得たかどうかの点はしばらくおき、被告人山本、同岩崎及び同渡邊がいずれも右の違反行為者に当ることは明らかである。なお、同法一二一条一項本文は、法人に関してだけいえば、法人の代理人、使用人その他の従業者が法人のために違反行為をした場合には法人をも処罰する旨の両罰規定であつて(この点では前記の職業安定法六七条一項とは異なる。)、右の「法人の代理人」というのには法人の代表者も含まれると解される(最高裁判所昭和三四年三月二六日第一小法廷決定・刑集一三巻三号四〇一頁)が、右の条項は法人自体を故意の行為者として処罰する規定ではないのであつて、所論のように、法人の代表者が直接の違反行為者である場合、同条項によつて法人を処罰すれば足りるとする趣旨であると解することはできない。したがつて、原判決に所論のような事実誤認及び法令適用の誤りがあるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。

次に、所論(三)の点について検討する。労働基準法六条の規定において、他人の就業に介入することによる利益は必ずしも直接の行為者に帰属することを要せず、右行為者と特定の関係のある自然人又は法人に帰属する場合でも、右行為者は同条の禁止規定に違反する行為をしたものということができると解される。したがつて、原判決が掲げる関係諸証拠によると、被告人山本、同岩崎及び同渡邊(被告人鈴木については後記四において判断する。)が本件各関係会社の代表者として原判示第一ないし第三の当該各労働者(この労働者の中にはその就業により利益を得たものといえない労働者が含まれていることは後記三のとおりである。)の就業に介入したことによる利益はすべて各関係会社に帰属しており、右各被告人は個人として利益を得ていないことが認められるが、この場合も、右各被告人は同法六条の規定に違反した者ということができる。原判決の判示第一ないし第三における右の点に関する判示部分及び(弁護人の主張に対する判断)第一の一の説示も結局以上と同趣旨であると解され、原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りがあるとはいえない。論旨はいずれも理由がない。〈以下省略〉

(龍岡資久 西村法 福嶋登)

別紙(一)、(二)、(三)省略

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